6日目
6日目は、完璧について。
完璧なものって、ないぞ、ということに気付いていく一方な毎日。
だから、完璧に見せるのはもうやめにして、私はこれが得意なの、けどその分それは苦手なの、というコミュニケーションを恥じることなく堂々とすればいいよね。
個人だってそうだけど、職場だってそうだけど、町ごとに欠けてるもの、足りてるものも違うしさ。地域ごとにも、都道府県ごとにも、国ごとにも違うんだ。
個性的っていうのはそういうことなのかもしれない。
個性的であれば、手を貸して欲しいと、補完しようとしていく動きが出てくる。
.....ふと思い出した。
結局、人類補完計画は概念的で形而上的な要素が強いけど
補"完"までする必要はないんだと思う。
恒久的に完璧な必要なんて無いのだと思うから。
要は、完璧でいたって、周辺の環境はその時によって姿を変えるものだから、森羅万象何があっても不動に完璧なものって、言わば神しかいないんだと思う。
(着地点が、迷子になりそうだけど。)
その、巡り巡る環境に合わせて、何が足りないかを考えて、どんな人に助けてもらうのが良いか頭を働かす。そして、その人にはどんなことをしてあげられるのかもイメージしておく。
それが、人間にできる完璧に近い行動なんじゃないかなと思う。
もちろんね、自分で出来るようになるかもしれないことを探求していくのも大切だよね。
生きてるとほんっとに色んなことがあるけど、頭を働かせて乗り越えていくのは、人生において楽しいことだな。